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いろいろな運命

お久しぶりです。
本当に恥ずかしいぐらいご無沙汰してしまいました。
気が付くと、ブログを放置してから5ヶ月以上も経っていたんですね。
きちんと皆さんに挨拶もせずに、ブログを閉じる事もなく黙って放置しまっていた私は、正真正銘のブロガー失格者だと思います。
このような私のブログを見捨てる事もなく、訪れてくださっていた皆さんに、この場を借りてお詫びとお礼を申し上げます。。。

昨年2007年は本当にいろいろな事がありました。
夫アンジョロの胃のポリープの発覚、手術、術後・・・
同居している夫のお姉さんの膝の手術。
愛猫、愛犬の死。
愛する家族に様々な試練がかかり、とても心配事の連続の一年となりました。

そんな中、6月に夫のポリープが発覚した時、夫の30年来の親友ヴィットーリオとエレナ夫妻が、夫を応援するために食事会を開いてくれました。
それなのにその直後、彼も胃に異変を感じて胃カメラを飲む事に。。。
そして、検査のその場で、結果を待つ必要のないほど疑いようもない悪性腫瘍に犯されていると宣告されたのでした。
大きすぎる範囲で侵されているので間違いありませんとのこと。
言葉もありませんでした。。。。

その後、私の夫は順調に手術を終え回復したのに対し、彼は手術もできず放射線治療等で治療を続けていました。病身の中、夫の入院の時はお見舞いにわざわざ無理をしてフィレンツェから来てくれ、お互いに励まして病気を克服する事を祈っていました。
それなのに、彼の手術は先延ばしにされるばかり。

最終的に手術は1月に予定されました。
ようやく1月に入り「とうとう手術だ!」と喜び勇んで手術同意書へサインをするためにお医者様の元へ行った彼がいわれた言葉は「手術をして回復する可能性は殆んどない上、非常な危険を伴うため、うまくいく保障はありません。しない場合の余命は1ヶ月から1ヵ月半です。」とのことでした。

そんな中でも、私の夫との電話は毎日殆んど欠かさなかったのですが、絶望した彼は数日間誰とも話せませんでした。
その後、食道がすべて悪性腫瘍におかされ、話す事も食べる事もままならなくなってしまい、唯一施されたのが食道再生の手術。
その後、自宅に帰されモルヒネ鎮痛剤の元、何とか生活していました。
そんなつらい彼のためにできる事は、毎日の電話と私と夫は毎週フィレンツェに会いにいくことぐらい。
死を宣告されている彼。でも私たちと会うことをとても楽しみにしてくれているのを感じました。イタリアの政治の事などをおしゃべりしていましたが、未来の事を話せないつらさをとても感じました。彼が唯一、「生きている」事を実感する話題は、「去年、豊作だったドルミエンテキノコの話」。去年の手帳を見ながら「覚えてるかい?!」と言って話しているヴィット-リオを見るのは、とてもつらいことでした。


それなのに再び容態がとても悪化し、突然転んでしまいました。ろっ骨が2本折れたとのこと。そしてわかった事は骨にまで転移してしまったと言う現実。
毎日、奥さんと日々の報告を話しながらも、言葉にならないつらい現実が日を追うごとに増して行きました。
ヴィットーリオに最後に会ったのは3月10日月曜日でした。私たちが到着した時、自宅のベットの横で転んで座り込んでしまったきり、立ち上がることもできないほど弱ってしまった彼。
何とか私の夫と駆けつけたヴィットーリオの息子でベットに上がって、私もその部屋に呼ばれました。背中をさすったときの感触が忘れられません。
「土曜日か日曜日にまた来るからね!」と言ってお別れしたのですが、日曜日のお菓子屋の仕事の後、我が家を出発するや否や、奥さんのエレナから、昏睡状態になったから来てくれてもヴィットーリオには会えないから来ないようにとの連絡をうけました。
そして翌日の3月17日午前11時20分に天へ昇っていってしまいました。

ヴィットーリオの死。

こうして書いている今でも信じられません。

ヴィットーリオには高齢のお母さんが健在でいたのですが、昨年6月にガンを宣告されてから、近所に住んでいるお母さんに会いに行くことを辞めてしまったヴィットーリオ。
一人っ子だった彼のお母さんはどんな気持ちでいるのだろうと・・・思っていました。
奥さんのエレナはヴィットーリオの看病とお姑さんの介護に駆けずり回っていた日々。
いろいろな心配がめぐっていたのですが、何とヴィットーリオのお母さんは虫の知らせを感じたのか、ヴィットーリオがなくなる4時間前の朝7時半に、突然天に召されたのでした。
ヴィットーリオ69歳、お母さん95歳でした。
二つの棺が霊安室に並べられ、とてもつらい日々だったけれど、お母さんと今頃天国で再会しているのだろうな・・・と本当に思いました。
ただの偶然とは思えない二人の同時の死。

こうして生と死を目の当たりにして、生きている事の重さを感じる一年でした。
与えていただいている人生、もっと一日一日を大切に生きなければダメだと思いました。

この数ヶ月、ヴィットーリオのことがいつも胸に引っかかり、どうしてもブログを更新する精神的余裕がありませんでした。
こんなにも長く不在してしまい、本当に申し訳ありませんでした。そしてまた、このような一方的な不在の中も、絶えず訪れてくださった皆様に、この場をお借りして心から御礼申し上げます。

このヴィットーリオの闘病の中も、私と夫はもちろん日常生活を前進してきました。
皆様にお伝えしたい事もたくさんあります。
この数ヶ月、悲しい事ばかりではなく、新しい出会い、奇遇な出会いもありました。
地球、宇宙、時間、歴史・・・、は止まる事はないのですね。
「生きている」と言う事、「自分」の存在、「出会い」、、、、あたりまえのことが奇跡に思えることがあります。
行き着くことは「感謝して生きなければならない」と言う事でしょうか。
長く、取り留めのない文になってしまいました。自分でも何を書いているのかわかりません。。。
でも今日は、一つの節目として書かせていただきました。
気まぐれ、自分勝手なブログですが、これからまた再開させていただきます。
未だにブログテーマも見つからないで居る私ですが、「自分探しのブログ」だということで、どうか御免ください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。

トコアンジョロ
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by tokogiappone | 2008-03-11 05:28 | 日常生活Quotidiano