イタリア語のアクセント

昨日の記事で、イタリアの童話作家&詩人のジャンニ・ローダリ氏の記事を書いたあと、何気なく「日本で彼について書かれている記事はないかなぁ~」と思って検索してみると「ローダリ」じゃなくって「ロダーリ」って書かれてる・・・???(*_*; 汗)

なので緊急・・・

たぶん、ローダリ氏ではなくロダーリ氏の間違いかも・・・(疑)。

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イタリア語のたいていの発音アクセントは予測できますが、時々「中性的」な単語があって判断に困ることがあります。


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何を隠そう我が夫アンジョロも一人の犠牲者。

彼の名前は「ア・ン・ジョ・ロ」。

・・・が、時として北イタリア方面の会社から夫に電話がかかってくる時などに、
「すみません、アンジョーロさんお願いします。」
・・・と言われることがあります。

私たち→「まったく、イタリア国内でアンジョロをアンジョーロって呼ぶなんてどうかしてるよね!(プンプン)
・・・と、この手の間違いが続くとガックリ。


「アンジョロ」って、英語で言うと、いわゆる「エンジェル=天使」にあたり、イタリア語では「アンジェロ」と言うのが現時代では優勢。

でも、ここトスカーナ地方ではかつて「アンジョロ」が優勢であった時もあったそうで、夫アンジョロは彼のおじいさんの名前をもらって、この呼び名になっているそうです。

あの有名な「ミケランジェロ」も、「ミケランジョロ」と呼ぶ時があります。
今や「ミケランジェロ」に落ち着いてしまったものの、20年程前には論争も繰り広げられたほど。
フィレンツェでは今でも「Michelangiolo」と名のつく所があります。
(何だか書いているとややこやし~~~@_@)


という訳で、彼、ここトスカーナでもよく「アンジェロ」と呼ばれ「アンジョロです」と訂正しなければならないことがよくあるため、それに加え「アンジョーロ」などと呼ばれた暁には、結構「ムカッ」と来るようです。。。

「ボク ワ アンジョーロ ジャ アリマセン、 アンジョロ デス」と。

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・・・と、話は元に戻して、問題の「ローダリ」か「ロダーリ」

今の今まで私はみんなに「ローダリ」と連発していましたが、今のところ誰も訂正してくれなかったです。(涙)
でも、きのう日本で「ロダーリ」と呼ばれていることがわかった途端にちょっと心配に。

アンジョロに聞くと「僕はローダリだと思うけどなぁ」・・・と言われ、アンジョロのお姉さんに聞くと「そりゃ、ロダーリでしょう。」との事。(wパンチ・;@_@;)

今日は休日で、こんなことを聞くために人に電話をかけるのもためらわれるので、後日友人知人に聞いてみたいと思います。


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かつて北イタリアのアルプス地方に言った時に訪れた町「Brunico」。

ここも私とアンジョロと旅行に行く前、「ブルニ-コ」と連発していたのが、現地にいくと地元の人たちがドイツ語訛のイタリア語で「ブルーニコ」と言っていて、「一体どっち~~~???」となった事があります。

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同じイタリア語でも地方によってアクセントの位置が変って頭が「???」。



少しずつ、気づいた時に謎を解明していきたいと思った私でした。
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# by tokogiappone | 2011-02-21 00:23

好きな詩

ブログの右側に表示されるライフログでも紹介させてもらっていますが、私の好きなイタリア人の詩人・童話作家の人でジャンニ・ローダリ氏と言う作家がいます。

数年前、夫アンジョロがクリスマスに何気なくプレゼントしてくれ、その時はあまり関心もってしっかり読んでだかったのだけれど(ごめんアンジョロ・・・)、老人ホームで娯楽係の仕事をした時に、「何か読み聞かせできるほんないかなぁ~?」と思い再び手にとって見ると、面白い小話がわんさか。
その時から私の必需本となったのです。

今日はその中から短い詩を一つ紹介させていただきます。

タイトルは「ジョバンニーノ・ペルディジョルノ」

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Giovannino Perdigiorno

Giovannino Perdigiorno
ha perso il tram di mezzogiorno,
ha perso la voce e l’appetito,
ha perso la voglia di alzarsi un dito,
ha perso il turno, ha perso la quota,
ha perso la testa (ma era vuota),
ha perso le staffe, ha perso l’ombrello,
ha perso la chiave, ha perso la via:
tutto è perduto fuorichè l’allegria.


ジョヴァンニーノ・ペルディジョルノ

お昼の列車に乗り損ね、
声も、食欲も失くし、
一本の指を上げる意欲を失くし、
順番を失い、分け前を失くし、
脳ミソを失くし(・・・とは言っても、もともと空っぽだったけれど)
ストラップを失くし、傘を失くし、
鍵を失くし、道を見失い、
全部失くしてしまった・・・陽気さ以外は♪

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このジョヴァンニーノ君、何ともついてない子みたいで、何だかやる事なす事うまくいかないみたい、、、。でも最後の「~にもかかわらず、陽気だよ」と言う落ちに、思わず微笑んでしまい、この一言の中に人間として一番大切なことを教えてくれうような気がします。

こともすると、ついてないこと、悪いことばかりに眼が行ってしまいがちな日々の私たちの生活の中で、単純に「陽気」と言うだけでなんとなく人生救われるような気がするのは私だけでしょうか。

「いつも陽気」って難しかったりもしてしまうけれど、わたしもジョバンニーノ君のようにどんな時も陽気さだけは忘れない人間でいたいなぁ・・・と思いました。



《おまけ》
本文をよく見ると文頭に「ha perso」と言う言葉が繰り返し使われています。
ちょっとイタリア語文法の話になってしまいますが、この形は文法用語で「直説法近過去」となり、直訳すると「彼は~を失う」見たいな感じになります。
perdere(ペルデレ)」とは、イタリア語の動詞で 失う、失くす、逃す、負ける、などなどの意味があり、 「perso」は「perdere」の過去分詞になります。
ここではイタリア語の「perdere」が日本語では上記のようにそれぞれ様々な違う動詞として使われます。

日本語をイタリア人に教えていると「逆も然り」。
たとえば日本語の「~する」。
「サッカーする」・「会議する」・「パーティーする」・「お茶する」などが、「giocare a calcio」・「tenere la conferenza」・「dare una festa」・「prendere il tè」などの様に、日本語の「~する」の同じ一言が、対象によってそれぞれ違う動詞に対応していることがあります。

こういう「詩」や「お話」を訳す時、このような違いが結構本文のリズムや言葉遊びの重要な要素を占めているので、原文のおもしろさを的確に伝えるのが難しくって残念ですが、少しでもお伝えできたら嬉しいです。
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# by tokogiappone | 2011-02-20 04:07 | ひとり言

Male di stagione.....(季節の病気)

イタリアではその季節季節におきやすい病気のことを「Male di stagione(マーレ・ディ・スタジョーネ)=季節の病気」と呼びます。

この所気温の差が激しかったここヴァルダルノ地方。

私も今、季節の病気の真っ只中。(涙)

その名も「風邪」。


先週の土曜日、「なんか喉の調子が嫌な予感・・・」と思いながらベットに入り、「気のせいでありますように・・・」と祈るも、翌朝予感的中(°_°)。


「つばを飲み込むのも大変・・・」と言う状態での起床。(*_*;)


体の調子は悪くもなく、食欲もモリモリなのに、「もしかして風邪ひいちゃった・・・」と、自己嫌悪になりながらも、声は喉の痛みとは反比例して普通に出ていたので、外出は控えるも元気なフリをしていた私。

でも隠れて熱を測ると「37.1~37.6℃」ぐらいあって、「ちょっとまずいなぁ~」と思いながらも仕事を休むのが嫌で「だいじょ~ぶっ!!!」・・・と夫アンジョロを説得して仕事に行き続けていました。



・・・が、おとといの午後に突然声帯から声が出なくなってしまい、アンジョロ堪忍袋の緒が切れる。


「も~騙されないぞ! 体の本当の調子はどうなんだ!」・・・と攻められ、昨日の朝、(横目で)「まさか仕事に行くつもりじゃないだろうな。」と脅され、アンジョロみずから私の職場に電話を入れてくれ、結局昨日から仕事を休んでしまってる私です。。。ガックリ・・・。

職場でもせっせと熱い紅茶を飲んだりして無駄な抵抗をしていたのを見られていたので、上司もあっさり「月曜日まで休んでていいよ」と言ってくれ、あっけなく「強制家待機」に家族からも職場からも強いられてしまいました。。。

強制家待機になったとたん、外はすがすがしい晴天の小春日和。

「あぁ~散歩に行きたいなぁ~。」欲がムクムクしていますが、家族の目はもちろん、職場も近所過ぎて見られるのが怖い。



ちょっと学生の頃学校を休んだら外に出るのが怖かったのと同じ気分で過ごしている「大人の私」です。
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# by tokogiappone | 2011-02-19 17:37 | 日常生活Quotidiano

健康

しばらく更新が滞ってしまいました・・・。



実は夫アンジョロが10日ほど前に小さな開腹手術をしなければならなくなったり、近所に住むアンジョロの従姉のご主人が亡くなったりと、嬉しくないイベントが続き少々気持ちも体も忙しくしていました。

お陰さまでアンジョロは順調に回復。
明日月曜日は抜糸で、「あと10日ほどで森にも行っていいですよ。」と、先日の木曜日にお医者様にも言わたほどになりました。(汗)

このお医者様からの宣言、「森に行きたくてウズウズしているアンジョロに騙されないぞ!」と思い、「私が質問するからね」と言い一緒に診察室に入室。

「きっとあと一ヶ月ぐらいは我慢してください」と言われると思いきや、「10日後ぐらいから大丈夫ですよ。」とのあっさり宣告。

あっけにとられる私の横でアンジョロが嬉しそうに「それ見たか!」と得意顔をしていました。(*_*;)


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そしてもう一つのアンジョロの親戚の死。

もうずいぶん長い間病気を患っていた従姉のご主人マリオ。
実は奥さんにあたるアンジョロの従姉も病気で、夫婦共に病院に入院していました。
最後の一週間、マリオは本当に苦しそうで、お見舞いに行くのも辛かったほど。

亡くなった後のお顔は本当に安らかで、まるで若返った様にさえ見え、天に召されて苦しみから解放されたのだと思いました。

私の両親もイタリアに来るといつも伺っていた本当に近しい親戚。

マリオの娘さんは本当に献身的に介護し、私たちは娘さんのことのほうが心配になるほどでした。

亡くなる前日まで苦しむ中もごはんを食べ続けたマリオ。

体はもうダメでも、娘さんと奥さんの近くに少しでも長くいたい一心だったのだと思います。

これからは天から愛しい奥さんや娘さん家族を見守って行ってくれるのでしょう。

マリオのご冥福をここらからお祈りします。
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# by tokogiappone | 2011-02-13 16:32

新しい職場

以前の記事に少しだけ書きましたが、実は1月中旬から新しい職場で働いています。



いただいたお仕事は「日本語教室」。



7年ぐらいから近郊の若者に個人で日本語を教えていましたが、今回住んでいる町の私立の語学学校とコラボでお仕事させてもらえることになりました♪

お菓子屋の仕事と併用しての長年している日本語個人レッスン。
かれこれ気がつくと、今の個人レッスンの生徒たちとは長い付き合いになりました。
(昨年の夏、私の初代からの生徒たちとパーティーをしたので、その時の記事を良かったらどうぞ。→クリック)

はじめは、「うまく教えられるかなぁ~」・・・と、不安と共に始めた個人レッスンでしたが、みんなゆるゆるのレッスンリズムとは言え、辞めずに一緒に日本語の勉強を続けてくれ、こうして来てくれる生徒さんたちのお陰で、少しずつ日本語教師としての自信をつけさせてもらいました。(私の実力はまだまだですが・・・汗)



去年の夏、転職活動をしていた時に自分の中で出た「近所で仕事がしたい」・・・と言う結論から、ダメでもともとで「近所の語学学校」にアプローチしてみたところ、すっかり乗り気に。

その後、私は「近所のお菓子屋」の仕事も見つかり、一時は講座開講の中断を頼んだのですが「押したら引く、引いたら押す」の法則が作動したのか、思いとは反対に語学学校のほうが日本語講座開講に積極的になってしまい、結局この1月からの開講となりました。

そのため時間と体力の関係から老人ホームのお仕事が難しくなり、けっきょく退職した私です。

でもこうして時が経過すると、なんだか神様がお膳立てしてくれたようにこの一年の間に身の回りが変化したようで、「こうなったら流れに身を任せてやってくるご縁を大切にしよう」・・・と思った次第でした。




今回の講座の生徒さんたちは5人のグループレッスン。

5人の中で仕事の同僚2人と姉妹2人同士がいるものの、基本的に見知らぬもの同士のグループ。
そのせいか、お互いに迷惑をかけないようにみんな集中して勉強してくれます。



働きながらの大人同士。



夜夕食後の週2回リズムのレッスンは、彼らにとって頭脳的にも体力的にも大変だと思います。

「今後も続けてくれるかなぁ~???」・・・と言う不安もありますが、今を大切に先のことは心配しないで私も集中してレッスンしていきたいと思います。

この頑張って勉強してくれる大人グループ、私の講座を通して、日本のことをより好きになってもらえるといいなぁ・・・と願っています。
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# by tokogiappone | 2011-02-02 02:42 | 仕事